スポンサーサイト 

 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

tb: --   cm: --

△top

「無才の工芸家の祈り」 

 

某所でお世話になっている方が企画された「インターネット上アンソロ企画 ワーネバ暮らし~ある日の風景~」に参加させていただきました。
企画概要は

●一つのシチュエーションを決めて、それに沿ってワーネバ創作を書く
●「ワールドネバーランドシリーズ」の世界で、
 【どの国か】【朝の支度(朝食含む)】【待ち合わせ~一緒に出掛ける】
 【仕事/訓練/武術(子どもの場合遊びでも可)】【市場で買い物】【帰宅(夕食含む)】【就寝】
 の順番で創作をする。
●エルネア王国開国祝いも兼ねて、上記内容のどこかで「花をエルネア王国に届ける」という行動を入れる

というもの。
この指定に沿って書かれたワールドネバーランドシリーズ各国に住む国民の様々な“ある一日”の話。
多くの方が参加されて、大変読み応えがあり、楽しめるものになっています。
以下のリンク先がまとめられたページです。

インターネット上アンソロ企画 ワーネバ暮らし~ある日の風景~


**********


そして私の方もプライベッターの方で作品の方は既に公開しておりますが、ブログの方にも収録をしておこうかと。
最初はいつも通り9代目夫婦でとも思ったのですが“待ち合わせ”のところで“コイツを主役にしたらちょっと変化球?”と思った結果、花を届けるというシチュエーションも自然と思い浮かんで、こうなりました、と。


――ファルケの啓示がない工芸家3代目ニコの、ある年(172年)の年末。






QUKRIA_SS_0778_201508221102480bc.jpeg





 花が、溢れていた。
 色とりどり、色鮮やかな、花、花、花。
 その色彩の眩さと、多彩さに目と心を奪われる。見回せば、いつの間にか周囲を取り囲まれて、色の奔流の中心にいた。すべてを瞳と頭と心に焼き付けたくて、大きく大きく“すべてを開く”。
 熟れたベルカの赤。尊き鳥乙女の衣の如き紫。伸びやかな精霊の大樹の緑。揺れる暖炉の炎の橙。雄大な流れを誇るフライダ瀑布の青。冬の日に空に舞う雪の白。密やかに道端に揺れるモリナの花の黄――そう思い至って気付く。
 色とりどり様々な花という花が溢れているけれど、ここには見覚えのある花がない。名を知る花がない。
 世界中すべての花があるのではと思える程なのに、何故。

 ――ここに、花を。

 脳裏に響いた声は自分の思考のようでもあり、まったく違う誰かのもののようでもあった。

 この美しい花々の中に“僕たちの花を”。

 不可思議な使命感を自覚した瞬間。

「――ニコ」

 彼は名前を呼ばれて、瞳を開けた。





 夜近い夕暮れの空のような瞳が彼を見下ろしている。面にぼんやりと自分の影が透けているのが見えた。
「……アイナさん」
 ほろりと零れた言葉に宵の空が瞬く。小さな笑いの吐息。
「アイナさん、じゃないでしょう、ニコ。早く起きないと。今日は年末よ」
「……年末……」
「まったく。まだ寝ぼけているの? 今日は一年の終わりの日。早く庭園に行かないと、神官様をお待たせしてしまうわよ」
 頭に未だわだかまっていた眠気が一瞬で霧散する。ニコは勢いよく身を起こした。木製の寝台が乾いた音を立てて軋む。
「そうだ……! 今何時? アイナさん」
「まだ朝一だから遅くはないけれど、もう起きて準備をしないと。寝起きのまま儀式をするわけにはいかないでしょう」
 手拭いと木櫛を差し出してくる。頷きながら受け取って、慌てて――とは言えまだ子供たちが寝ているので静かに――ニコは厠へ駆けこんだ。
 冷たい水で顔を洗う。
 自作の鏡を見ながら髪を木櫛で整え、剃刀で髭を剃る。
 普段よりも時間を優先して手早く済ませたが、なんとか見れるほどには整った。
 厠を出て居間の奥、台所を見ると、アイナの小さな背中が見えた。食事の支度をしているのだろう。右に左に忙しなく動いている様子は栗鼠が森の中で木の実を集めているのに似ている気がした。
 見とれている場合ではない。静かに寝室に戻り、戸棚から着替えを取り出す。寝間着を脱ぎ捨て、綿の上着、藍染の長下履きに着替える。下履きと同じ色で染めた前掛けを羽織れば準備は完了。前結びの腰ひもを結んでいると、アイナがやってきた。
「準備は――うん……出来たみたいね」
「どうだろう? おかしなところはないかな?」
「そうね。ニコ、髪の毛いつもより適当にやったでしょう? ほらしゃがみなさい」
 言われるままに体を屈める。ニコは背が高く、アイナは小柄だ。アイナの背丈はニコの胸下くらいまでしかない。
 右手が頭に伸ばされて、分け目の辺りを丁寧に指ですくように整えてくれる。頭を撫でられる感覚が心地よい。
「ニコは癖毛なんだから、もっと気を遣わないと」
「いつもならそうするけれど、今日は時間がなさそうだったから」
「それでもよ。今日は特に神官様との儀式の日なんだから、本当はいつも以上に気を遣うべきで――って」
 髪をすく手が止まる。次の瞬間には軽い衝撃が――手のひらで叩かれたのだ。かくんと頭が落ちる。
「なんだかこれ、去年も言った気がするわ」
「そうだね……僕も去年も言われた気がする」
 顔を少しだけ上向けて、上目遣いにアイナを伺うと、また頭を押さえるように叩かれた。
「まったく……なんだか毎年言ってる気がするし、学習してないってことね。こんなこと恒例行事にしなくて良いのよ?」
「ま、まあ、これも儀式の日の一貫ってことで……」
「上手いこと言って誤魔化そうとしないの――ほら、時間、ないわよ」
「ああ、そうか……朝御飯は……」
 食べる時間はなさそう――そう眉を下げたニコの前に白い布包み。
「はい、これ。ポトサンドとエッグサンドよ。本当は歩きながら食べるのは良くないと思うけれど、これなら庭園に着くまでに食べられるだろうから」
「! ありがとうアイナさん!」
「これも、毎年、でしょう? さ、早く行かないと」
「うん、行ってくるよ」
 包みを受け取りながらアイナを引き寄せて軽く額に口づけを落とす。腕の中で小さな笑いが立って、早く行け、と言うように体を押された。





 ポトサンドもエッグサンドもいつも通り美味しかった。本当はミルクでも飲みながら食べたかったところだ。今朝はククル豆を煮る匂いがしたからククルシチューが出てくるのかもしれない。温かなシチューを思うとまだ少し腹が騒いだ。
 朝一のハールの庭園は静かだ。朝方の待ち合わせ時間にもまだ早い。階段下、庭園中央に天使像の頭が見えるが、石畳は様とせず。薄っすらと靄が下りているのが伺えた。
 ニコが住むフェイの森では朝靄も霜もこの季節では当たり前のことだが、国の中央部でもこの状態と言うことは、今日の冷え込みは厳しいと言うことだろう。
 天使像を左手に“見ないようにしながら”回り込むと、白いせかいに墨色が滲んでいた。
「おはようございます」
 静謐から響いてきた声は、まだ少し幼さが残る。けれど重々しさも落ち着いた声の高さも、神々しさと言ったものを帯びているように思う――年若きシズニ神官の物腰は神に仕えるもののそれだ。
「おはようございます神官殿。お待たせして申し訳ない」
「いえ。工芸家の家はフェイの森の奥――ここまでは距離がありますゆえ仕方のないこと。お気になさらずに」
 瞳を合わせて、微笑みを交わす。シズニ神官と工芸家は関わりが深く、共に過ごす時間も他の国民よりも長い。それ故に、少し、互いに距離が近くなる。
 己よりも年若い神官にニコは親しみを感じているのは否定できない。神の身許に近い相手ではあるが、近しい者として在りたいと思うのは不敬であるだろうか――シズニ神官のまだ生徒の頃の面影を残した微笑みを見るたびにそう思う。
「それでは始めましょうか」
 朝靄に沁みるような響きの声に背筋が伸びる。真っ直ぐに前を向いて、墨色の背中の向こう側――己が造った天使像と初めて向かい合う。丸みを帯びた幼い少女のような天使像――亡き父が掘ったものに似たもの。
 こちらを見る天使像はあくまでふんわりと、無邪気な微笑みを浮かべている。
「――ニコ殿」
 物思いをそっと祓うような声。ニコは目を瞠り、瞬きを三度、向かってくる漆黒の瞳を受け止める。
「よろしいですか?」
「っ……はい、勿論です」
「――。……では」
 微妙な間はニコを気遣ってのものだろうとよくわかる。

 ――……見抜かれてるだろうな。

 神に仕えるものであれば、民草の惑いなど手に取るようにわかるに違いない。たとえ本質が自分よりも年若いとしても――目の前の墨色の背中はニコよりも小さく、同じ色の帽子も少し見下ろす位置にある。
 けれど“存在はニコよりも大きい”。
 冬の早朝、冷えた空気に、更にひんやりとした鋭い、身を切るような気配が――波動と言ったもののように思う――広がり始める。波動の中心は勿論神官だ。
「――我らが王国の守護者大天使ノーマよ、新たな年に再び新たな似姿を捧げましょう。どうか今御身に託された災いの全てを、世界の果てまでお持ちください」
 天使像と対峙する神官が片膝を折り体を屈める。その動きに合わせてニコも同じように膝を折り頭を垂れる。

 ――災い、か……。

 国の守り神として毎年捧げられる天使像。この国、ここに住まうすべての人に降り掛かる災いを受け止めるためのもの――それゆえに国の中央であるこのハールの庭園に据えられている。この場所が他の場所よりも数段低い造りをしているのも、災いを吸い寄せるためなのではないかとニコは思う。
 ニコが彫った天使像はあどけなく未だ穢れを知らないかのようで、そんな彼女に多くの災いを背負わせるのは酷なことなのではないか――知らず利き手に力が籠った。

 ――僕に、もっと……。

 耳に幽かに歌のような声が聞こえる――その主も目の前の神官で、声は広がり続ける波動に乗るように静かに響き渡る。
 歌なのか、ただの囁きなのか、それとも祈りなのかはわからない。ただ神聖にして力のあるものだと言うことがわかる。
 少し薄くなった朝靄の中、たゆたい、漂い広がって――それが途絶えたとき、目の前の台座の上の天使像は姿を消していた。
 ニコは目を凝らす。そこにあったはずのものを探すように。目の前にあるのは石造りの台座、その向こうに普段は見えない、城門前に続く石段が伺える。
「――では、遺跡の滝へ参りましょうか」
 いつの間にか振り返っていた神官は穏やかな微笑みでニコを見ている。
 もう一度だけ台座に目を向けて、そこに何もないことを確認し
「――はい」
 ニコは重々しく頷いた。





 遺跡の滝への道行きは少し早足になる。朝の刻のなるべく早い時間の内に儀式を終えなくてはならないからだ。
 言葉無く、小走りに大通り東を駆け抜ける。昼日中よりも人通りは少ないが、大分人の姿が増えてきた。今日は休日。遊びに行くのだろう子供たちの笑い声がする。訓練用品を手に修練場へ向かう青年がいる。買い物に行くのか市場への道を降りていく夫婦がいる。楽しげな会話の横をすり抜け坂を下り、市場通り農場前へ。平日は朝早くから野菜畑に出入りする者も多いが今日は静かだ。南通りから上ってくる人々は、皆市場へと流れていく。
 目覚め活動を始めた国の中を早足で抜ける。大地も徐々に暖められて――もうすぐ春だ――ほのかにぬくもりを感じる。道脇の草や木々の青さがほんの少し色濃くなっているのも季節が移り変わろうとしている証拠だろう。
 豊穣の広場の前を過ぎ、勇者の公園に差し掛かったところで
「――ん……」
 ニコは足を止めた。広場と公園の丁度中央、街灯が立つその足元に、目に鮮やかな黄色があった。
「……モリナの花」
 呟いた瞬間、蘇る目覚めの直前の記憶。色彩が洪水のように溢れてくる。同時に“そこになかったもの”を思う。
 惹かれるように屈みこむ。手を伸ばし、滑らかな布地のような花弁に触れる。モリナ――小さくけれど優しい花。花としては珍しくもなく、ありふれているけれど、彼はこの花が一番好きだった。幼くあどけない少女のような――己の彫った天使像を思い出す。災いを背負わされ、世界の果てに“たった独りで”流される天使像。
「……ねえ。もし良かったら“一緒に行ってくれないかな”?」
 問いかけに花は当然何も言わず。
 けれど、風に揺れるその様は、頷いているように思えた。
「――ニコ殿?」
 先を行っていた神官が少し離れたところで彼を見ている。
 ニコは謝罪の意味を込めて辞儀をして、モリナの茎に触れた。





 一歩、カルナの森へ入るとまた肌が冷える。湿り気がまとわりついてくる。国の東に広がるこの森は、魔獣を抱いて、常に不穏な気配を漂わせる。
 その森の一番奥、国の南東の端に遺跡の滝はある。カルナの森の中でこの場所だけが、明るく神秘的な空気に満ちている。滝壺に沈んでいる帝国時代の建物が、神聖なものだったのかもしれない。
 滝から流れ落ちた水は、遠く遠く"海”というものに繋がっているらしい。今からここに天使像を流すのだ。
 神官は既に少し流れに足を踏み入れて、墨色の衣の裾を浸している。
「我らが王国の守護者、大天使ノーマよ、これよりその似姿を災いと共に流し遣ります。我々はまた心を込めてその似姿を彫り、国の中心に据えましょう。ククリア王国の人々が、いつまでも穏やかに暮らせるよう、見守って下さい」
 何かを捧げるように上向けられた両手、大きく広げられた腕、ゆっくりと深いお辞儀。ニコも瞑目して頭を垂れる。
 瞬間的に、今の気候にはあり得ない熱が広がって――開いた瞳の前、川の流れの上に真紅の天鵞絨の覆いがされた、大きな木箱が浮いている。どんな不思議の力なのかはわからないが、その中に先ほど掻き消えた天使像が入れられているのだ。
「どうかその身代りに託された災いが、二度とこの国に降りかかることのないよう、世界の果てケヤロトにお捨て下さい」
 箱は流れに乗って揺れ、次第に遠ざかっていく。普段ならその光景を黙ったまま無感動に見送るのだが、今日の彼は違った。数歩流れに足を踏み入れて、行こうとする木箱の上に手にしていたモリナの花を三輪置いた。そして残りの花を――十輪ばかりあるだろうか――箱が流れの上に作り出す軌跡に続くようにまいた。鮮やかな黄色の花が点々と木箱に――その中の天使像に付き従うように流れていく。
 その色彩を目に焼き付けるようにする。
 顔をわずか巡らせれば、同じように木箱と共に行く花を眺めていた神官と目が合った。神に仕える人は何も言わず、ただ少し口の端を上げた。その優しげな、すべてを受け容れてくれるような雰囲気に押されるように、彼は口を開く。
「あの天使像は、本当に――災いだけを背負っているのでしょうか」
 再び視線は流れ去る木箱の方へ。それはもう既にだいぶ遠くに小さくなっている。漂うモリナの黄は、ごく小さく、そこにあるということしかわからない。
「災いだけを背負って、去っていく――行く先はケヤロト……それはとても哀しいことですね」
 問いかけのようでもあり、独り言のようでもある言葉。
 答えはない。けれど聞いてくれているのは雰囲気でわかる。だから紡ぐ。
「でも、あの天使像は、ハールの庭園にいてそこで待ち合わせる僕たちのことをいつも見ていた。僕たちは皆、“彼女”の元から出かけていく。いつも楽しい気持ちで。幸せな気持ちで。だからハールの庭園には幸せも集まるはずなんです。そしてその中心にいる“彼女”もきっと――」
 一気に想いを吐き出した途端、熱を覚える。シズニの教えによって行われている儀式に対して疑問を呈すなど、不敬な行いに違いない。羞恥からくる熱が、頭に籠る。
 しかし、本来神に仕える者に“語ってはならない言葉”は音にはならないはず。だから語ることが出来たのは、耳を傾けてくれる意志があるから――そう言い訳のような思考を巡らせる。
 ゆっくりと大きく息を吐く音がした。惹かれるようにそっと伺った神官の面はあくまでも穏やかだ。
「天使像は災いを負って、ケヤロトへと流される――それがシズニの教えです。ですからあの天使像には我々に降りかかるはずだった不幸、災い、悪いものがすべて託されている」
 静かな声は普段と変わらず物柔らかな響きをしているのに、とても冷たく聞こえた。籠っていた熱が引いていく。無意識に利き手に力が入る。
 シズニ神官は、小さく笑った。くすり、という笑い声に驚いて顔を向ければ、年相応の青年が笑っているようだった。
「ですが、あの場所で天使像は確かに国民の幸せな光景を目の当たりにしている。喜びの気持ち、笑顔、希望に、期待――そんな素晴らしいものを。だからこそ、災いを引き受けて行ってくれるのかもしれません」
「――神官殿」
「水に流れ、海に出て、流れ漂う間に清められる……行く先はもしかしたら――」
 先は音にならなかった。おそらく“神官として”口に出来る言葉ではなかったのだろう。言おうとして語れなかった言葉を想ってか、神官はただ笑みを浮かべている――神官ではない“ドナルド・ドーファンという青年”がそこにいた。無言で視線を交わし、同時に笑みを深くする。神官と工芸家ではなく、もっと親しい者同士が交わす笑みだ。
「ニコ殿が祈り供えたモリナの花が、きっと良き供になってくれるのではないでしょうか」
 再び紡がれた言葉の響きはもう神官としての硬質さを感じたけれど、ニコの耳にはあたたかく沁みた。
 そう。災いだけではなく、楽しい気持ち、幸せな気持ちも抱いて、旅立ってくれているに違いない。それはこの国の人々の生活の思い出そのもの――そしてモリナの花が彩りを添える。“旅路”は優しいものになり、行きつく先もきっと――ここに、花を――明け方、聞いた、呟いた、声がした。
 彼は感謝の気持ちを込めて、そっと頭を下げた。





 儀式を終えてニコはカルナの森の北にある石切り場にいた。ここ数日天使像を彫ることに手一杯で、普段の工芸仕事が滞っている。年始からは市場に卸す品物、宿屋に卸す品物、貿易商人に託すものと多くの工芸品を作成しなくてはならない。家の倉庫に保管されている材料と、既に作ってある在庫、作らねばならない品々とを頭の中で整理して、採る必要のある石材の量を導き出す。記憶が確かならば、幸いにも蓄えはそれなりにあるはずなので、掘り出す必要がある石材は少なくて済みそうだ。
 鞄から小さく丸めた麻袋を――広げるととても大きくやろうと思えば大人が一人入れるほどの大きさがある――取り出して、口を大きく開けた状態で地面に置いておく。金づちを右手に、左手にのみを握る。
 そうして岩場に取り付き、石材を物色する。市場の育児贈答品の店と貿易商人から装飾品を多めに入れて欲しいと要望されていたので、貴金属の塊を選んで品定めすることにする。
 金づちで叩いて硬度を確認する。耳で音を聞き、手ごたえで感じる。持ち上げて重さを確かめ、陽に翳して艶を見る。滑らかな面にぼんやりと映る己の姿の見え方を確認する。
 工芸家になって四年。ようやく馴染んできたように思う。良い素材がわかるようになってきた。

 ――こんな、僕でも。

 貴金属の塊の面から見つめてくる彼の顔は判然とはしないが、苦いものを含んでいるように見えた。
 ニコは瞬間息を止め、体の力を完全に抜くようにしながら大きく息を吐き出した。
 首を横に振り、持っていた貴金属の塊を地面に広げた麻袋の上に置く。
 同じ具合のものがあと二三個欲しい――崖の割れ目にのみを入れた。





 真剣に石材を選んでいたらすっかり日が傾いていた。冬の日は短く、あっという間に暮れてしまう。
 淡く夕焼け色に染まる市場の石畳の上に、長い影が伸びる。買い物をする人たちは皆どこか急ぎ足で、迫る夜に追い立てられているかのようだ。
 特定の時期にだけ立つ祭り屋台には、ニコが納めた幸招きの飾りが並んでいる。年末年始の準備として必須な品物ではあるが、最も売れるのは二十八日頃で、今日買うのではどちらかというと遅すぎる。夕方ではなおさらだ。けれど未だ何人かが買い求めて慌てて駆けていく姿が見受けられた。
「はい、そうですね、誓いの指輪と魅惑のコサージュはその数でお願いします。それに加えて輝きのブローチも幾つか卸していただけたら有難いです」
「――輝きのブローチ、ですね。あれはなかなか材料が揃わなくて数を卸せず申し訳ない」
「いえいえ。多くはなくて良いのです。数が少ない方がそれだけ価値が出て、売れてくれる。なくては困りますが、多すぎても困る。値の張る装飾品ですからね」
「ふふ……なるほど。商売とはそういうものですか」
「ええ、そういうものです」
 育児贈答品の店の馴染みの店主と年明けに卸す商品の打ち合わせ。依頼された輝きのブローチは、数が少なく見つかりにくい花を素材の一部とするためになかなか満足な数を作成することができない。そのため後回しになりがちで、少なくても構わないと言われても、申し訳なく思う。年明けの早朝に少し時間をとって精霊の木の辺りで採取をしようと誓う。
「そういえばニコさんのところはお子さんが生まれたばかりでしたね。ミルクは如何ですか」
「ミルク……か。確かに、そろそろ買い足した方が良かった気も……」
「ではミルクを用意しましょう――それとぬいぐるみは如何ですか。小さなお子さんがいらっしゃいましたよね。このいむぐるみ、今朝イスカの乙女様が届けてくれたばかりなんですよ」
「……ドリスさん」
 呟いた名前はごくごく小さく、胸の内。長くその勤めに身を捧げる“年上のお姉さん”を切なく思う。卓に列べられた愛らしいいむぐるみにその面影が重なる。
 いむぐるみの少し垂れた耳を軽く抓む。
「では、これを二つ貰おうかな」
「ありがとうございます。お包みしますね」
「まとめて紙袋で良いですよ――ふふ……なんだか巧く買わされてしまったな」
「商売ですから」
 悪びれずあっけらかんとした笑顔は憎めない。毎年のせられて買わされている気がするが、こんなやりとりは嫌ではなかった。
 ミルクといむぐるみの入った紙袋を抱えて片手を上げる。
「それではまた二日に――よいお年を」
「ありがとうございました、よいお年を」





 帰宅したのは夕四。
「パパ! おかいむー!」
 部屋の奥から出てきて飛び付いてくる下の娘ユラを抱きとめる。
「ただいま、ユラちゃん。良い子にしてたかい?」
「よい子だよ〜ロイくんとおるすばんしてた! パパはあさからおしごとだったのね? おはようなのよ」
「ははは、そうだった。今日はユラちゃんとお話するのは今が初めてだね――おはよう」
 頭を包み込むようにして撫でてやると嬉しそうに笑う。年の始めに起き上がった彼女はだいぶ大きくなった。
「良い子にしてたユラちゃんにお土産があるよ」
 紙袋からいむぐるみを一つ取り出して渡してやる。ユラは表情を輝かせて、ぴょんと跳ねた。
「いむいむ~! ありがとうパパ! パパもいっしょにいむいむとあそぶ?」
「ふふ……そうしたいけれどこれから神官様がいらしてパパは今年最後のお仕事をしないといけない。だからロイくんと遊んでおいで。ミルクを渡すから、ロイくんに上げてくれると嬉しいな」
「ロイくんにミルク! わかりました!」
 続けて渡したミルクといむぐるみを抱いて寝室に駆け込んでいく。ロイくん~ミルクですよ~――と声が聞こえた。
 可愛い盛りの娘の振る舞いに頬が弛む。真っ直ぐおおらかに大きくなってくれれば良い――息を吐き、右肩を解すようにして弛んだ顔を引き締める。
 まだ今年の仕事は終わっていない。
 家の隅、作業場へ向かう。作業台の上には、今日の朝には庭園の台座にあり、その後遥か彼方へと流されたものとまったく同じ天使像がある。
 ニコが三日前から彫りだして、昨夜完成させたものだ。寸分たがわぬと言っても良いほど同じ姿をしている。幼い少女のような天使像。
 のみと鎚を手にもう一度向かい合う。まだひょっとしたら手を入れられるのではないか――
 あどけない表情。
 幼い丸みを帯びた体つき。
 大きいけれど未熟な翼。
「……駄目だな」
 のみと鎚を下ろす。これ以上どうすることも彼には出来ない――何度、どれだけ見つめても、手が動かない。

 ――もっと“素晴らしい可能性”があることはわかるのに。

 力が及ばない。


 “才能なきこの身”では。


 道具を握る両の手に強く力を籠めて、ニコは唇を噛んだ。





「では、大天使の像をお預かりしたいと存じます。今年も中々の出来映えのようですね」
 シズニ神官の言葉はいつも通りだ。
 ニコも内心は押し隠して
「恐れ入ります」
 いつも通り答える。
「今年も全身全霊を賭けて彫り上げました」
 嘘はついていない。彼に出来る限界までの力を使って、彫り上げた。持てる能力の全てを注いだ。その結果出来たのが此処までで――可能性にはたどり着けないままだ。
 そしてそれを神は知っているのではないか――そんな想いが拭えない。
 神官はそんなニコを見て、ついで天使像を見て、またニコを見た。
「去年とまったく同じ、素晴らしい出来だと思います。流したはずの像が、ここにあるのかと。そして、先代のお父上が彫られたものとも、同じだけの出来――素晴らしい仕事です」
 ニコの父、先代の工芸家が像を彫っていたころ、目の前の青年はまだ起き上ったばかりの年齢のはず。彼の記憶に残っている可能性がないわけではないだろうが、今の言葉は“シズニの記憶”が言わせたものなのだろう。
 神の記憶に残る、大天使の像。
 薄く、苦みのある笑みをこぼす。
「本来ならば、知識と技術を継いで、父を超えるだけのものを彫ることが期待されているのではないのかと思うのですが」
 工芸の技術は受け継がれるたびに、成長していくものだと聞いた。先代の父は、先々代である祖父が彫った天使像よりもより良いものを彫っているとも。それはすべて“ファルケに愛された才能”がある故出来ることだ、とも。
 ファルケに愛された父。そして本来工芸家を継ぐべきだったのはニコではなく、同じくファルケに愛された妹だったはずなのに。
「才能のない僕では、これが限界で――」
「工芸の技術の継承に関しては私の領分ではないのでわかりかねます。ですが、ニコ殿は間違いなくお父上の技術を受け継がれて、ご自分の役目を果たされている。全身全霊を賭けてとの言葉、嘘偽りではないことはよくわかります。この像を見れば」
「……」
「ですから、恥じることも、悔やむこともございません。貴方は最高の物を作られた。陛下も国民の皆さんもきっと喜ばれるはずです。我が国には、素晴らしい工芸家がいる、と」
「――神官殿……」
「我々神に仕える者の知識と真理も継承の時にすべてが受け継がれ、途絶えることなく続いていく。工芸の技術もおそらく似たものなのでしょう。いずれニコ殿も今お持ちの技術を、途切れることのないようお子さんに受け継ぐ――その日まで、今の務めを貴方の素晴らしい技術を以って果たしてください――この国のために」
 神官の言葉は、今は、神の言葉に聞こえた。神が、ニコの技術を認めてくれていると。
 瞑目して、大きく深呼吸。
「――了解……致しました」
 神に、感謝した。





 寝室の大きな方の寝台には、二人の娘、数日前に生まれたばかりの息子が仲良く寄り添うようにして寝息を立てている。娘たちはそれぞれにいむぐるみをしっかりと抱いて、どこか幸せそうな寝顔を見せている。
 そんな子供たちを見守って、ニコはアイナと笑みを交わした。
「お疲れ様、ニコ。今年も無事に天使像をお納めできたのね」
「なんとか……ね。今年も去年と同じようにしか出来なかったけれど」
「去年と同じようにする、のも、大切で大変なことでしょう。ちゃんと出来たのだから、そんな後悔するような顔で年を越さないの」
「ふふ……そうだね。神官様にも似たようなことを言われたよ」
 傍近くで眠るユラの己に似た癖毛をそっと撫でる。
「僕は僕に出来ることをする。来年も、再来年も変わらずに。いつか工芸家を受け継ぐ、その日までは、この僕が」
 まだ迷いも、負い目もあるけれど、もう怯みはしない。
「僕はこの技術を受け継ぐための通過点、それでいい。それが僕の役目――僕の跡はきっとユラちゃんが――」
 ユラはファルケに愛されている。父のように。妹のように。だから、きっと彼女ならば。
「だったら本当にまだまだ元気で頑張らないとダメよ。ユラは今年起き上ったばかり、大人になるのはずっと先のこと。それまではアナタだけがこの国の工芸家なんだから」
「――うん、そうだね」
 再び微笑みを交わす。
 アイナがロイを抱き寄せて、腕の中に包み込むようにして横になる。
 ニコは娘たちの上掛けをしっかりと掛け直して肩が出ないようにしてやる。
「今年も一年ありがとう――アイナさん」
「今年も一年ありがとう、ニコ」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
 枕元のランプの灯りを、そっと吹き消す。
 ククリア王国唯一の工芸家ニコの一年が今年も無事に終わった。



**********



余談。
シズニ神官ドナルド・ドーファンはこの後還俗し恋人であるペネロペ・マレットと結婚、ドナルド・マレットに。
彼はマクシム・マレットの高祖父なのであります。

QUKRIA_SS_0779.png


category: 雑記 雑文

tb: --   cm: 0

△top

コメント

 

△top

コメントの投稿

 

Secret

△top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。