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シズニの導き「水面の記憶」 

 

某所のネバラーさんの集まりで、イラストに関する企画が盛り上がっていた際に、文章書きでも何かできないかという流れになり。音頭を取ってくださった方がいらして、実現したわけです。
この話は、その文章書き交流企画に参加した作品です。
企画内容は以下の通り。

**********

メインお題1つ。それに沿った創作。
参加者各位(4名)が、小お題を1つずつ提示し、全員がそれを必ず盛り込んで創作すること。

お題:水遊び
小お題:
 A(シチュエーション):手を繋ぐ
 B(書き出し):いつもどおりの一日だった。
 C(セリフ):「そうは言っても、どうしようもない」
 D(アイテム):鏡
※自分はCを提示。

**********

今回、ブログ収録掲載にあたり、別所で既に掲載したものから改題をしています。
その他に関しては一切手は入れていません。
 




QUKRIA_SS_0717_20120819004534.jpg





 いつもどおりの一日だった。
 ラナン区の自宅を出て、牧場前の道を北へ。大通り西からフェイの森に入るまでは。
 フェイの森に朝から遊びに行くのは、本当にいつものこと。フェイの森の先、涼しい精霊の森で遊び、平日ならばその後学校に行く、それが日課だ。
 今日は祝日だから、学校のことを気にせずのんびりしよう――そう思って、足を踏み入れた朝一番のフェイの森はいつものように静か――ではなく。
 大きな水音が耳を打った。
 驚いて足を止めると、視線の先、フェイ川の中ほどに黒い塊が落ちている。何か妙な異物――そんな思いが過る。
 塊は小さく震えていた。恐る恐る近づくと、黒の隙から柑橘色が顔を見せ――そこで初めて、塊が人であることを認識できた。
 よくよく見れば、黒と思えたのはすっかり水を吸った自分と同じ紺色の制服。柑橘色は癖のある髪の毛。
 フェイ川のど真ん中で震えている塊。それは一緒に学校に通っている生徒。そして今生徒には、長い柑橘色のくせっ毛をしているのは一人しかいない。
 だから。
「大丈夫? セリーナちゃん」
 マクシムは近づいてそう声を掛けた。
 途端
「――うわっ!?」
 叫びと共に再びの水音。飛沫が盛大に散った。近づいていたマクシムも多少の被害を受ける。
 そんなつもりはなかったが、真後ろから声をかけたせいで驚かせてしまったらしい。
 慌てて回り込んでもう一度
「だ、大丈夫? セリーナちゃん」
 今度はそっと呼びかける。
 柑橘色が細かく震えて――赤茶色がマクシムを見た。鋭い、恨めし気な視線。
「……マ……マクシム……?」
「うん――だ、大丈夫?」
 しゃがみ込んでいるセリーナは少し辛そうだ。転んで足でも打ったのかもしれない。
 しかしマクシムのそんな心配を少しも頓着せずセリーナは
「――大丈夫って、なにが?」
 仏頂面でそう言った。
 マクシムは目を丸くする。
「……なにがって……セリーナちゃんが」
「あたしのなにが、大丈夫?」
「いや、その――」
 状況的には明らかに
「転んだんじゃないの?」
 そう見えるのだが。転んで水につかって、震えていたように見えるセリーナ。どうやら最初の大きな水音の際は、盛大に前のめりに転んだらしく、全身ずぶ濡れだ。
 だからマクシムは心配している。その上、自分が声を掛けたことで更に被害を大きくしてしまったことを申し訳なく思っているのだが。
 赤茶の瞳がふいっと逸らされた。
「転んでなんかない」
「え」
「だから転んでなんかない」
「じゃ、じゃあ――」
 どうしたの?――音に出来なかった問いの答えは

「水遊び、してただけ」

 あまりにも思いがけないものだった。マクシムは目を白黒させる。
「水、遊び?」
「そう」
「ここで?」
「うん」
「そ、そんなにずぶ濡れになって?」
「水遊びだし。それに」
 セリーナはなぜだか少し偉そうに胸を張った。
「暑いから、気持ちいいよ」
「――」
 確かに今日は夏至――夏の盛りで、朝から暑い。けれど。
 マクシムはセリーナの全身を改めて見直す。頭から足の先まで全身ずぶ濡れ。制服は完全に水を吸って物凄く重そうだ。溺れていたと言われた方が信じられるような有様。それなのに。

 ――水遊び。

 セリーナの表情はあくまでもその答えを曲げないとありありと言っている。
 マクシムはそっと息を吐き、一つ頷いて
「そっか。水遊び、か。でも」
 手を差し伸べる。
「もうじゅうぶん遊んだろうから、そろそろ終わりにした方がいいよ」
 出会った時からずっとフェイ川に座り込んだままのセリーナ。いくら夏とはいえ、このままの状態では風邪をひいてしまうかもしれない。
 セリーナは不意を衝かれたような顔をして、マクシムの手と顔を交互に見ている。
「――手?」
「うん。いつまでも座ってたら、冷たいよ」
「――あ、ありがと……」
 濡れて冷え切った、自分より意外にも小さな手が重ねられる。それをしっかり握って体を引き上げ――
「――うわっ」
「――ぎゃっ」
 三度目の水飛沫。
 慌てて立ち上がろうとしたセリーナが足を滑らせる。勢いで繋いだ手に力が加わり、マクシムも倒れ込みそうになったがそこは何とか堪えた。
 片膝は完全に水に浸かってしまったけれど。
「――マクシム」
「……うん」
「ご、ごめん……」
「――うん……」
 さすがにセリーナは申し訳なさそうだったが、マクシムとしては何となくこうなりそうな気もしていた。
 前々から思っていたが、セリーナはせっかちな子だ。基本じっとしていない。なんでも勢いのままさっさとやってしまう。そもそも今の事態も、きっと思いのまま足元に注意することもなくフェイ川を駆け抜けようとして起きた惨状だろう。
 マクシムも行動は遅いわけではないが、そんな彼女となんとなくペースが合わなくて、同級生にも関わらず若干の距離があった。

 ――もう少し、ゆっくりやればいいのに。

 学校でのセリーナを見て、マクシムは何度かそう思った。思うだけで言わなかったのは、言おうとしたときには彼女はもうそこにいなかったからだ。
 だけど。
「ねえ、セリーナちゃん」
 今はまだ、セリーナはマクシムの目の前にいる。
 慎重に繋いだままの手に力を籠め、立ち上がるよう促して、
「セリーナちゃんは、どうしてそんなにせっかちなの?」
 今まで言えなかったことを口にした。
 セリーナの目が丸くなる。
「あたしが、せっかち?」
「うん」
「そうかな」
「そうだよ。今も、あわてて立ち上がろうとしたんでしょ?」
「う、うん。だって早く立たないと、悪いかなって」
「別に、悪いことはないんじゃないかな。それより、ゆっくり、ちゃんとした方が、いいと思う」
 眉が寄る。難しげな表情。
「ゆっくり……ちゃんと」
「その、動く前にほんのちょっとだけ考えたらいいんじゃないかなって」
「別に考えてないわけじゃないけど」
「そう?」
「考えは、するよ。こうしようって。ただ」
 唇が尖る。
「考えた時には、もう動いてるだけで」
 マクシムの顔に浮かぶのは苦笑い。それをしない方がいいと言っているのに。
 セリーナは難しい顔のまま、腕を組んでいる。
「でもさ、ずっとそうしてたら、あぶなくない?」
「あぶない?」
「今みたいに」
「……」
「ここだったからこれくらいで良かったけど。他の場所だったら、もっときっと大変だよ」
 たとえば南通りとかだったらどうなっていただろう。だいたいそう言えばセリーナは南通り沿いのダロス区に住んでいるのではなかったか。あの辺りの川は深いから、川沿いに寄る時は気を付けろと大人たちに言われているはずだ。
 穏やかに、何気なく言い聞かせるように言葉を重ねる。少しだけ低い所にある顔を覗き込む。
 癖のある柑橘色の髪が水を吸って力なく垂れている。頬に幾筋かくるっと回ったように張り付いているのがなんだか邪魔そうで――マクシムは無意識に手を伸ばし、それを除けてやる。セリーナの長い睫毛が細かく震えた。
「マクシム」
「なに?」
「せっかちなのが、あぶないのは、わかった」
「うん」
「でもね」
 赤茶の瞳が少し吊りあがる。怒らせたかと思ったが――すぐに違うとわかる。瞳は吊りあがっていたけれど、その表面は少し揺らいでいたから。
 噛みしめられた唇。視線を下げれば腹の辺りに添えられた手が、微かに震えている。
「――でもね」
「うん」
「そうは言っても、どうしようもないし」
 頬が僅かに紅潮している。なんだかちょっと泣きそうな顔で――ああ、かわいいな――そんな想いがマクシムの心に浮かぶ。
 セリーナはちゃんとマクシムの言葉を受け止めて、自分の中に持ち込んで、考えたのだろう。ちゃんと考えて、理解はして、それでも――どうしようもない、と結論を出した。その結論が、けして良くないこともわかっていて浮かべた表情――それは本当にかわいい。
 この子は聞いてくれないわけじゃない――マクシムは笑った。セリーナとの距離が少しだけ近くなった気がした。
「どうしようもないんだ」
「……うん」
「でもそれだと困っちゃうよね。あぶないから」
「――うん……だから、これからは気を付ける……なるべく」
「あはは。なるべく、なんだ――どうしようもない、から?」
「……そう。でも」
 大きな大きな赤茶の瞳。そこにはマクシムが映っている。
「マクシムが、あぶないっていうから、なるべく気を付ける」
「――」
 何故だか息が止まった。どうしてだかわからないけど、不意を衝かれた。セリーナの言葉が真剣で、真っ直ぐにマクシムに向けられていたからだろうか。
 マクシムはこっそりと気づかれないように唾を呑み込んだ。
「そっか――うん。気を付けた方がいいよ。なるべくでもいいから」
「うん……ありがとう、心配してくれて」
「……別に……それくらい」
「それと、ごめんね。マクシムも濡れちゃったね」
 セリーナの視線が下へ、マクシムの足に落ちる。片膝をついた時に水に浸かってしまったので、ズボンがずぶ濡れになっている。
「まあ、大丈夫だよ」
「でも、お母さんに怒られない?」
「それも大丈夫かな」
 心配そうな顔に、悪戯っぽく笑みを返す。
「水遊びしてたって言うから」
「――水遊び」
「そう。あなたがそう言ってた」
 大きな瞳が二、三度瞬いて――逸らされる。少しだけ尖った唇。
「そ、そうだよ。水遊び……だよ」
「フフッ――だから、そう言えば大丈夫だよ」
「――うん」
 マクシムとセリーナは顔を見合わせる。見合わせて、見つめあって、同時に破顔した。
 夏の早朝のフェイの森。流れるフェイ川のせせらぎと、風に揺れる葉擦れの音にかぶさるように、大きな笑い声が響く。
 そこまで笑う必要もないであろうに、二人は競うように笑い続けた。子供らしく、素直に。
 やがて息が切れ、笑いすぎて浮かんできた涙をセリーナは拭った。そして一つ頷く。
「じゃあ、あたし一度帰る」
「うん。早く着替えた方がいいよ」
「ありがとね。じゃあまた」
「また――って」
 相変わらず物凄い勢いで駆け出そうとしたところを、無理矢理腕を掴んで引き留める。
「待って。セリーナちゃん」
 なるべく気を付けるという宣言は“本当になるべくでしかない”のだということを、早くも実感し――マクシムはそれをわかってもいた。だから即座に反応できた。
「――な、なに?」
「ちょっとだけ、待って」
 セリーナが動かない事を確認し、マクシムはしゃがみ込んで水面に手を入れる。
 木漏れ日の砕けるフェイ川の水面に、一際強い煌きが見えた。そこは丁度先ほどまでセリーナがしゃがみこんでいた場所。多分そこに何かがある。水の中を探ると、硬いものが指先に触れた。水底に敷き詰められた石ではない。もっと硬質で滑らかな感触。
 拾い上げると鋭く白い光が過った。思わず目を瞑る。
「――これ」
「……あっ」
「これ、セリーナちゃんのじゃない?」
 マクシムの掌には小さな手鏡が一つ。
「う……うん、ありがとう……落としちゃってたんだ」
 どこか呆然としているセリーナに手鏡を返し、持っていた手で頭を掻く。
「ダメだよ、ちゃんと確認しないと……気を付けた方がいいって言ったばっかりなのに」
「……ご、ごめん……」
「本当に“なるべく”なんだなあ」
 なんとなくそれがセリーナらしい気はするのだが。
 セリーナは手鏡を持った両手を胸元で抑え、気まずそうにしている。
「こ、これから、気を付ける……から」
「うん……まず帰る時に走るのやめた方がいいと思う……」
 また転ぶから――そんな語尾は胸の内。
「そ、そうだよね……うん……」
 柑橘色の頭が縦に揺れた。手鏡を握り込んだ両手に力が籠るのが見える。
「マクシム。本当に、ありがとう」
「うん」
「また、ね」
 手を振って、勢いよく足を踏み出そうとして――止まる。なんとか踏みとどまったその様子に、マクシムは思わず吹き出した。
 鋭い視線を向けられて笑いを呑み込み、誤魔化すように手を振りかえす。
 セリーナは恨めし気な顔のまま、いつもより心持ちゆっくり目に――マクシムからすればまだ十分早すぎる気はしたが――駆けて行った。
 森の出口、大通り西の方へ小さな背中が消えるのを見送って、大きく息を吐く。
「――面白いなあ」
 同級生のセリーナと二人でこんなに話したのは初めてだ。
 せっかちなセリーナ。なんだかいつ見ても駆けずり回っているような気がする子。
 これからは気を付ける――そうは言っても、彼女はきっとこれからも、そう思ったことを思い返す前に、動いてしまうに違いない。
 これは確信だ。

「……あの子を追いかけるのは、大変だろうな」

 その何気ない呟きが、マクシムにとって大きな意味を持っていたことを彼自身が自覚するのは、もう少し後の事である。





 シズニ神官マクシムは、大きなため息を吐いた。
「僕は今、物凄い既視感に囚われているんだが」
「――うん、あたしも」
 早朝のフェイの森。
 そこを流れるフェイ川の水面の上。
「何故か、今まですっかり忘れていたことを、鮮明に思い出している」
「あたしもだよ――奇遇だね」
 眉間に皺が寄ったことを意識して、そこを指先で解す。
「確かあれはまだ僕たちが二年生の頃だったはずだ」
「うん、そうだね。丁度今頃――というか今日じゃない? 夏至だし」
「ああ。あの日も休日だったし多分そうだろう――ってそうじゃない」
「え?」
「そうじゃ、なくて――」
 大きなため息がもう一つ。
「あの時は、生徒だった。生徒ならまあいい。だけど」
 マクシムの視線は普段セリーナと話すときよりもずっと下。フェイ川の水面の近く。
「どうして今、大人になったあなたが、あの時と同じ格好をしているんだい?」
 あの日。ほぼ日課にしていた朝の精霊の森への道行きで見つけた、黒い塊。それは転んだ――本人曰くには水遊びをしていた――セリーナだった。
 そして今日。あの日のようにフェイの森へ足を踏み入れたら目の前に、黒い塊だった人が、同じような態勢でそこにいた。
 さすがに頭からのめるように転んだわけではないようだが、下半身はすっかり水に浸かっている。
 マクシムは本当にさっぱりそのことを忘れていたのだが、ずぶ濡れのセリーナを見た瞬間、一気に記憶が蘇った。あの時の光景の細部まで、交わした言葉の一言一句まで正確に思い出せるくらいに。
 水面にしゃがみ込んだまま、セリーナは気まずそうに笑っている。
「えーっと……」
「――水遊び?」
「……へへへ」
 さすがに同じ言い訳はしない。はっきりと言わないところは変わってはいないが。
 日頃から、まだ子供のままの気持ちが抜けていないと言っているセリーナだが、こんなところまであの頃のままだとは。
「まったく――本当に変わっていないな。なるべく気を付けるんじゃなかったのかい」
「いや、気を付けてはいる、よ。考えてから動こうと、思った……りもする」
 それでは全然気を付けていることにはならないのだが――マクシムは指摘することを最初から放棄して、三度目のため息を吐いた。
「だいたい、転ぶような勢いでどこへ……誰かと約束でもあるのかい……」
 自分以外の誰かと――音に出来なかった語尾。そんなはずはない――そうわかってはいても。
 セリーナはあからさまに不機嫌そうに口を尖らせた。
「約束なんかあるわけないじゃない――“ここに、いるのに”」
 戒めの力で音にならない言葉は、今はちゃんとお互いに通じている。
「じゃあ、どうして」
 セリーナの細い肩が竦められる。淡い微笑みが浮かんだ。
「同じこと、聞いて良い?」
「! ――」
「そういう事、だよ」
 マクシムはゆっくりと大きく息を吸った。気持ちを落ち着かせるために。夏ではあるが涼のあるフェイの森の空気を深く取り込む。
 休日の早朝。今日は導きの役目はない。久しぶりに気を楽にして過ごせる日。そんな朝一番に思い浮かんだのは当然――セリーナの事。
 セリーナに会いたい。その気持ちのままに、フェイの森の先にある――今は母親が闘士になった関係で彼女はフェイの森の奥に住んでいる――彼女の家に足を向けたのだ。
 そして今の会話の流れからすれば――セリーナも、同じことを。その上、その為に転んでしまうほど、彼女は急いだ。
 嬉しさに緩みそうになる顔を引き締めるように、咳払いを一つ。マクシムはせいぜい厳しい表情を作る。
「とにかく、だとしても、あなたはもう少し落ち着いて行動した方がいい」
 言いながら、まだ水面にしゃがみ込んだままのセリーナに手を伸べる。
 セリーナは目を丸くした。
「え? 手? で、でも――」
「転んだり、倒れたりした人を助け起こすことを神は戒めたりしない――さあ」
「……う、うん」
 重なる手。あの時よりもどちらの手も大きくはなっているが、セリーナの手はやはり小さく、マクシムの手に完全に包み込まれるほどだ。
 柔らかく滑らかな感触を意識しないように努めて、体を引き上げる。
 セリーナが注意深く立ち上がったからか、それともマクシムの力が強くなったからかはわからないが、今日はあの時のようにはならなかった。
 どちらからともなく手はすぐに離れる。
 マクシムは瞬間だけ、今まで触れ合っていた己の手を見つめる。名残惜しい――そう思ったことは即座に心の奥底へ仕舞い込む。それ以上の事も思ったが、気のせいだということにする。
 視線を巡らせると、セリーナは何か大事なものでもそこにあるかのように、触れ合っていた手を胸元で包み込んでいた。淡く色づいた頬。幸せそうに綻んだ口元。そんな様を見ているのも目の毒で――マクシムは視線を泳がせる。
 今日もあの日と同じように良い天気だ。木漏れ日が舞っている。
「生徒代表」
 呼びかけはいつも通り。二人でいるとは言っても、今は公的な場。
「――ありがとう。あの時も……今も」
「――いや。これくらいは」
「なんだか本当に――懐かしいね」
 セリーナの笑みは深い。
「――そうだね」
 マクシムも同じように笑みを返す。
 あの時はただの同級生で遠かった、お互いの距離。
 今は立場の違いで物理的には更に開いてはいるはずだけれど――気持ちの方はずっと近くなっている。
 すべてがあの時と同じわけではない。
「そう言えば――今日は、また何か落としていないかい? たとえば、あの時の鏡とか」
 昔を思い出しながら何気なく聞くと、セリーナはなぜかバツの悪そうな顔をした。
「あー……あれね」
「?」
「あれ……さ。あたしのじゃないんだよね」
 マクシムは目を瞠る。
「あれ、母さんから、その……借りた……ヤツで」
「――借りた?」
「う、うん……」
「ちゃんと、直接?」
 赤茶の瞳がせわしなく動く。
「……こっそり」
 いたずらっ子そのものの表情に、思い出の中のセリーナの姿が重なって――マクシムは思わず苦笑い。
「そんな大切なものを、あの時のあなたは落として行こうとしたのか……」
「本当にあれは、助かったよ……。服のことは怒られなかったけど、鏡の事は怒られたから……」
 それはそうだろう。黙って拝借していたのなら。
 マクシムが気づかず、もしあのまま落としっぱなしでいたとしたら、大変なことになっていたに違いない。
「まあ、あの時も言ったけれど――なるべくでいいから気を付けた方がいい。動く、前に」
「……うん。そうだね」
 顔を見合わせる。あの時は同時に破顔してそのまま声を上げて笑ったけれど、今は微笑むだけに留める。
 代わりに色んな想いを視線に籠める。もう子供ではない自分たちは、音にしなくとも気持ちを伝えられることを理解しているから。
 フェイ川のせせらぎと、揺れる木々の葉擦れの音が二人を包んでいる。
 やがてセリーナが一つ頷いて、視線をはずした。そして濡れてしまったスカートを軽く絞る。
「じゃあ、あたし、そろそろ行こうと思うんだけど。目的は――果たせたし」
「――ああ」
「また――」
 セリーナは片手を上げて手を振ってくる。そのまま彼女は結局駆け出してマクシムの前を立ち去るのだろう――あの時と同じように。
 瞬間、

 ――あの子を追いかけるのは、大変だろうな。

 懐かしい呟きが脳裏に響く。
「――待った」
 それに導かれるように、口から滑り出る制止の言葉。
「え?」
 あの時のように手は伸ばせない。代わりに体で行く手を遮る。
 走り出してしまっては、止められない。今の戒められた身では尚更だ。
 セリーナは目を丸くしている。

 ――あの子を追いかけるのは、大変だろうな。

 あの日マクシムが呟いた言葉。
 それは結局小走りに駆け去った小さな背を見つめて、何とはなしに思ったことが音になったのだったはずだ。
 なのに。
 思い出の中の自分をマクシムは笑う。まったくもって他人事のつもりだった呟きが、自分のものになってしまうとは思いもしなかった。
「――本当に、大変だ」
「……え?」
 呟きを聞きとがめ訝しげな表情をするセリーナに、微笑みだけを返す。
 今日はたまたま出会うことが出来たが、実を言えば、普段から駆けずり回っているセリーナを探すのには苦労している。あの時の呟きが実感となって身に沁みるほどだ。
 せっかちなセリーナを追いかけるのは大変なこと――だから、それならば。
「――自分で来てもらえばいい」
 今日、朝からそうしてくれようとしていたように。
「え? な、何?」
 マクシムを見つめ、せわしなく瞬きをするセリーナの瞳。
 少しだけ距離を詰め、その赤茶を覗き込む。
「――セリーナさん」
「う、うん」

「明日の朝、二人で――」

 そうしてマクシムはセリーナと約束を交わす。
 明日も必ず会えるように。
 追いかけるには大変なせっかちな子を、ちゃんと捕まえられるように。 

 いつの日かきっと

 ――もっと簡単に捕まえられる関係になるために。



◇◆◇



ものすごっく久しぶりに、しっかりと普通のマクシムとセリーナの話を書いた気がする。
最近ちょっとブログ以外の場所で、あれこれ突っ走り気味なものを書いていたりで……。
創作方法も最近は、セリフ書きだして肉付けみたいな書き方をしていたのを、今回はしっかり頭から全部流れで書いたので、文章を捻出する力の限り書いた感じ。

「生徒代表と私」シリーズの一篇だけど、今回も基本マクシム側からの話なので大タイトルを「シズニの導き」にブログ上では変更しましたと。
全然まったく考えられていなかった話だけれど、なんとなく「生徒代表と私」の中に巧くはまったかな……。
時間軸的には「生徒代表と私 3」直後というか、一番最後の部分にあたる話。
12日は朝からまっしぐらにやってきたマクシムと追っかけっこして、デートに誘われたってことになっておりましたが、こうなりました。

最近あれこれしてるのはまあ、マクシムが突っ走るので、そう言った意味で神職の戒め便利。突っ走れないから。戒めあっても突っ走っちゃって略みたいなネタもないではないが、それは悲恋路線なので日の目を見ることはないだろう。

この話を書いてからというもの子供時代のセリーナの事振り返ったり、セリーナで引き継いで小っちゃいマクシムと遊びたいなとか思ったり。
ああ、やっぱりこの二人が好きだと再確認。
まだまだ色々書きたいなあ……。

category: 雑記 雑文

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