スポンサーサイト 

 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

tb: --   cm: --

△top

生徒代表と私「微笑みの気持ち、動揺の理由」 

 

まるでこんなことはありませんでした!シリーズ文字ばっかりの雑文。
今回はだいぶ前に書いた、シズニの導き「微笑みと動揺と」の最初に呟いた、同じ時間軸でセリーナにもなんかあったっぽい――のなんかの部分。
時間軸的には同じく「生徒代表と私 3」の劇場デートの後から翌日の学校の裏デートの間。
基本的に文字ばっかりの雑文に関してはいつもマクシム側からの話ばかりを書いてたんだけど、今回はセリーナ側からの話ということになっております。
前作読んでない方はそこから読んでいただいた方がいいです。さらに言えば「生徒代表と私」の一連の話も読んでいただいた方がという感じで……。
 


 ――あなたに、触れたい。

 何度も何度もその言葉が蘇る。蘇るたびに、何故だか苦しくなって落ち着かない。だからこれ以上それを思い出さないようにしようとするのだが、

 ――あなたに、触れたい。

 勝手に心の内に湧き上がってくる。まるで、今も目の前に言葉の主がいるかのような気さえする。
「……だいたい、最初はそんなことはないって言ったくせに……」
 こちらから――触れたいと思う?――と聞いた時は、意図がわからないといった表情で否定した癖に。突然前言を翻した。

 ――セリーナさん。

 そう言って、

 ――あなたに、触れたい。

 と。
 多分、名前を呼ばれたのも初めてだ。基本的に神職は声をあげてこちらを呼び止めたりはしない。用件があれば近づいてきて、それから話を始める。だから今までは常に「あなた」であったし、二人で出かけるようになる前は家名で呼ばれていた。
 はじめて呼ばれた名前。そして

 ――あなたに、触れたい。

 続けて言われた内容はとんでもないもので――もともと自分が何の気なしに聞いたことを踏まえたのだろうけれど――思い返すだけで、体温が二三度上がっている気がする。
 思い出されるのは言葉だけじゃない。その言葉を言った時の、表情、瞳、声音――そのどれもが“ひどい”。普段から、彼は柔らかい表情で、穏やかに接してくれていたけれど、さっきはまったくいつもと違った。表情は何故だか切なそうだったし、優しい色をした切れ長の瞳は潤んでいたような気さえする。少し掠れた声は、おかしなことに甘いように感じられた。
「――神官様じゃなかったよ……」
 生徒代表と呼んで、神官として敬っていないと言いはしても、現実的には彼は神官なのだ。彼自身もそうあろうとしているし、受け継がれたもの故に普段の振る舞いの何もかもは神官そのものなのに――あの時は違った。
「――緩くなってる……」
 神職にある戒めは緩くなる――両親から聞いたこと。アスター神官だった父。その父と恋愛――本人たちが言うには大恋愛――をした母。
 二人は何と言っていた? 戒めが緩くなる時――それがどんな時か。
 セリーナは大きくため息をついて首を振る。今は両親の言葉を思い出したくない。思い出したら更に深みにはまる気がした。
 それなりに人通りのある平日のラナンの橋。
 忙しそうに通り過ぎる人々を背に、セリーナは欄干に頬杖をついて川面を眺めている。ぼーっと川の流れを見つめていれば、せせらぎの涼気にあてられて、その内、熱も引いていくのではないかと、期待して。
 もう一つ、ため息を川面に落としたその瞬間
「なーにため息ついてるの? セリーナッと」
 呼びかけと同時――若干、声より早く――背中に物凄い衝撃が来た。勢いで頬杖をついていた手から顔が落ち、前のめりになる。
 ゲフッ――と変な息が漏れた。
 声を聞かずとも、衝撃だけで誰の仕業かを瞬時に理解できたが、まずは呼吸を整える。そして固い動きで首を回し、斜め後ろで満面の笑みを浮かべる不逞の輩を睨みつける。
「――くッ……ルイーサぁ……ちょっとは加減しなさいよ……」
「え? 充分加減してるけど? トムさんだったら、もっとこう……」
「……ああ、うん。わかった。もういい……」
 同級生で親友のルイーサ・ナイン。
 彼女は言葉よりもまず先に手が出る。明るい性格で、感情の起伏がなかなか激しいが、その起伏には動きが伴う。楽しい時には近くにいる友人をバシバシ笑いながら叩き、嬉しい時にも同じようにする。叩くのはまだいい方で、腕を引っ掴んで揺さぶるという行為になると、掴まれた方が軽く目を回すまでは解放してもらえない。
 親しくなればなるほどその“被害”を受ける確率は上がっていき、最もその餌食になっているのは、彼女の幼馴染であるトムだ。トムの母親が親衛隊に任命されるまで同じ区の同じ区画に住んでいた。生まれて起き上がってからずっと近くで育ってきた二人は、やはり一番仲が良く、学校でもだいたい一緒にいたものだ。
 つまり、トムはほぼいつも叩かれている。
 そして、そんなトム曰くその行為に関しては――もう慣れた――と苦笑いである。
 多分手加減したといったからには、本当にそうしているのだろうが、今のでそうだとしたら、トムは物凄く打たれ強くなっているに違いない。
 ルイーサ本人はまるで悪気はないのだろうし、セリーナもそれをわかっている。親しさによる愛情表現なのだと思えば――受け容れられる――と考えられるのもトムと同じように、慣れた、ということなのかもしれない。
 ルイーサはふっくらした愛嬌のある顔に、笑みを浮かべている。
「で。セリーナはどうしたの? なんか珍しく悩んでるじゃない」
「珍しくは余計。あたしだって、悩むことくらいはある」
「へー」
 ルイーサは小首を傾げるようにしてセリーナを見つめ――笑みを深くすると一つ頷いた。
「恋愛、巧くいってるんだ」
「――」
 何か今、不自然な言葉を聞いた気がする。
 セリーナは口元に手を当て、眉を寄せた。
「ねえ」
「ん?」
「今の発言おかしくない?」
「なんで?」
「人が悩んでて、まあそれが恋愛に関することだとして、だとしたら普通は巧くいってないの?――ってなるもんじゃないの?」
 まだ大人になったばかりなので、そういったことに関する経験はまるでないけれども、知識として持っているものからすると一般的にはそういうものだと思う。
 しかしルイーサはあっさりと首を振った。
「まあ普通はそうかもしれないけど、セリーナの場合は恋愛巧くいってなかったら、さっさと相手と話し合うなりなんなりして、スパッと決着付けるでしょ? ぐだぐだ悩む前に」
「――」
「だけど逆に巧くいってると、恋愛とかそう言うの慣れてないというか、多分ガラじゃないから、あれこれ悩んだりもするんじゃないかなーと」
 セリーナは胸の奥から大きく息を吐いた。今言われた言葉に自分が固まっていたことを意識する。
「ルイーサ」
「なに?」
「アンタ、すごいね……よくわかるね……」
 ルイーサの述べた言葉は物凄く的確だった。本当にその通りだった。自分ならばまず間違いなく、恋愛で巧くいかなくなったなら、悩む前に相手とその原因を話し合い、解決しようとするだろう。相手が話し合いを拒否するようならば、そこまでだし、話し合いで解決しなければ、その場合もそこまでだ。
 一人で悩んでも始まらない。
 そして巧くいってる場合に関しても――悔しいけれど、その通りなのだと、思う。今の自分を客観的に顧みれば。
 ルイーサは楽しそうに笑っている。
「付き合い長いし、親友だし?」
「ふふっ、そうだね」
 同級生女子であるルイーサと、今はカルナの乙女になってしまったエドナ。性格的な馬が合ったのか三人仲良くなるのは早かったと思う。お互いのいいところも悪いところも知っていて、その上でずっと付き合ってきた。
 それを思えばお見通し――と言われるのも悪くない。
 顔を見合わせ、一頻り笑う。
「で。巧くいってるんだ?」
「――うーん……どうなのかなあ。ただ、まあなんか。今までとはもう違う気がする」
「今まで?」
「今までは、友達として出かけてたんだけど。もうそうじゃない感じがする」
「友達のつもりだったんだ」
「そうだよ。だって、あたし達、学生時代はただの同級生だったし。世間的には恋人同士的扱いだったとしても、そんなつもりは全然なかった」
 友達として、ゆっくり話がしたい――それで始まったのだ。神官である感覚が抜けるのが何故か、それを知りたいと彼は言っていた。それも恋愛ではないはずだ。
 きっぱり言い切るセリーナに、ルイーサは何とも言えない微妙な顔をした。
「――苦労してるなあ……」
「ん? なに?」
「ううん。なんでもない――でも、もうそうじゃないんだ」
「……気がするだけだけど。気のせいかもしれないし」
「なんかもう、セリーナの気持ちの問題っていう感じだね」
「あたしの?」
「多分、もう最初からセリーナの気持ち次第で関係全然変わってたんじゃないかなあ」
「どういうこと?」
「世間的な認識通りの関係にいつなるかっていう話」
「――」
「だいたいさ、私もこの間出かけたけどさ、神官様と」
「――うん」
 あっけらかんとしたルイーサに、セリーナは少し落ち着かない気分になる。昨日ルイーサは彼――マクシムと出かけている。そんなことは知っている。様子を見に行ったのだから。
 楽しそうに、果物の香りが――とか話すのが漏れ聞こえたところで、自分の行為が嫌になり、その場をそっと後にしたのだが、できればあまり思い出したくなかったことで、それを今当事者になんでもないことのように話されるのは、何とも言えない微妙な気分だ。
「あの時、セリーナの話ちょっとしたんだけど」
 また、何だかとても不自然な言葉を聞いた気がして固まる。
 意味を脳に浸透させて――セリーナは弾かれたように身を引いた。
「なッ――な、なんであたしの話、っていうか何を……」
 ルイーサはそんなセリーナの様子を意に介す風もなく、肩を竦めた。
「神官様はほとんど何も言ってないよ。他人のうわさ話とか神官様からはできないからさ」
「そ、そう……っていうかアンタも何を……」
「ちょっと子供の頃の話と、この間飲みに行ったときの話をしたくらいかな。で、まあその時私の話聞いてる神官様の顔が」
 ルイーサは
「すごく、優しいんだよ」
 なぜだかそこだけを重々しく言った。
 セリーナは息をのむ。
「――あ、あの人、いつも優しい顔じゃない? 神官様ってそういうもんだろうし、どっちかというと大人びてるけど人当たりが柔らかいって言うか……」
「そうじゃないんだなー。少なくとも神官様っていう顔じゃなかったし、なんだか嬉しそうだったよ。セリーナの話聞いてる時は。その後トムさんの話したときは、苦笑いしてたし」
 また不自然な言葉。恋愛経験がない身でも今の言葉は何かが違うとわかる。
「……ねえ、ルイーサ」
「ん?」
「アンタさ……男の人と出かけて、他の女の話だけじゃなくて、他の男の話をしてきたの……? 個人的に二人の話をしたんじゃなくて……?」
「しなかったわけじゃないけど。でも彼と私の一番の共通点って、セリーナもそうだけどトムさんだから」
「まあそうなんだろうけど……なんかおかしくない?」
「そんなこと世間的には恋人同士って認識なのに、そうじゃないつもりで神官様と出かけてたセリーナに言われるのは心外だなあ」
「いや、でもそんな世間的な認識はすぐ変わるかもしれないじゃない。ひょっとしたら、アンタの方が……」
 可能性はないわけではないだろう。ルイーサがこのまま彼と出かけたならば。いつか世間的認識も変わる可能性はある。だから――しかしルイーサは思いっ切り首を横に振った。
「ないでしょ」
「え」
「多分もう神官様、私と出かけてくれないと思うよ? だって」
 ルイーサは、

 ――セリーナがいるのに。

 まっすぐにこちらを見つめてそう言った。
「……」
「セリーナだって、今から他の人と出かける気になる? トムさんとか」
「……それは……」
「トムさんはセリーナと出かけたいってずっと言ってるよ? なのにつれないーって」
「え……。っていうかそういえば、世間的にはアンタとトム君だって――」
「私たちは、幼馴染だからなあ。世間的にもまず、幼馴染だしって思われてるはず」
「――そうだね」
 トムとルイーサの幼馴染としての仲の良さは周知のものだ。
「お互いにもう最初から“いるのが当たり前”だから。“それ以上”になるのってわりと大変なんだよね。別にそんなことしなくてもいいみたいな……」
「へえ……そういうもんなんだ?」
「恋愛って、お互いに相手の事もっと知りたいって思うことなんじゃないかと思うんだよね。知らないことをどんどん知って行きたいって。そういう意味では、神官様のことは知りたいなーって興味があるし」
「――」
「あはは、そんな顔しないでよ。少しは、だよ」
「べ、別に何も――」
「それよりなにより、ドナシファン先輩の事はすごーくすごーくもっともっと知りたかったんだけどさ」
 ルイーサは少し広めの肩を大げさに竦めて見せる。
「もう最初から、出かけてくれるつもりなかったみたいなんだよねー。ひどいよね。わかってたけど」
「ヴィーナス先輩とって決めたから、還ってきたんだろうし、ね」
「うん、そうだね。でもまだあわよくば……と思うんだけどさ」
「……トム君もそんなこと言ってたね……」
「ヴィーナス先輩でしょ? あいつも諦め悪いよねー。人のこと言えないけど」
 からからと楽しそうに笑う。側にトムがいたならば、きっとバシバシ叩いていることだろう。
「まあつまりさ。そんな感じで相手のこと知りたいっていう好奇心を育てていって恋愛していくんだと思うんだけど、幼馴染だとそういうの全然ないのよ」
「あー。もう色々知ってるし? っていう?」
「色々どころじゃないね。なんでも、かな。だって、私、トムさんがいつまでおねしょしてたかってことまで知ってるんだよ?」
「えええ」
「笑っちゃうでしょ? 私がいつまで夜、母さんが隣で寝てくれないと泣いてたかってこと、あっちは知ってるだろうし。でもさ」
 ルイーサの顔から笑顔が消える。
「それが、幼馴染なんだよ」
 静かな、真剣な声音。どこか悟りきったような、眼差し。
「だから親しくても、それを変えるのは、大変」
「あたしは、幼馴染いないから、ずっと羨ましかったんだけどな――みんなのこと」
 セリーナ以外の同級生四人は二人ずつ幼馴染同士だった。最初から仲が良くて、本当にそれが羨ましかった。トムとルイーサ。そして――マクシムと、エドナのことが。
 セリーナの想いを悟ったのか、ルイーサは小さく笑った。
「多分ね、エドナ――カルナの乙女様もそうなんじゃないかと思うよ。神官様と」
「――」
「二人で出かけようって話はしてるだろうけど、改めて出かけてる感じじゃないし。もちろん二人とも職務が忙しいってのもあるんだろうけどさ。そんな中でも乙女様は、先輩――アスター神官様とはよく出かけてるらしいし、神官様の方は――ね」
 最初から親しい幼馴染。もう既に親しいのだからそのまま続ければいいのではないかと思っていたが、そういうものではないというのだろうか。
 羨ましいと思っていた。ルイーサとトムのことを。そして、カルナの乙女――エドナのことを。
 エドナは彼と――マクシムと一番付き合いが長いのだから。

 ――あたしの知らない、生徒代表を知っている。でも……。

 それが、恋愛となると必ずしも良いものではないのだと、そうルイーサは言っているのだ。
「じゃあ、どうするの? ルイーサは。ドナシファン先輩とは出かけられないし、せ……神官様は、その……あ、あたしがいるから……っていうなら……」
「んー。まあトムさんと出かけないわけじゃないから、出かけよっかって話になれば出かけるし、そうなりたくないわけでもないし。結局どうともならなければ、別に来年成人してくる友達待ってもいいし」
「――そっか」
「まあ、ドナシファン先輩婚約するまでは声かけるのやめないし。もちろん神官様もね!」
「そ、そっか……」
 悪気なく宣言されると、何も言えない。
 顔を見合わせて、なんとなく声をあげて笑った。笑いながら肩を叩こうとするところを察してかわしたが、結局捕まり何度か叩かれた。笑いながら抗議をして、また叩かれる。
 子供の頃と、同じだ。
 ラナンの橋の欄干に寄りかかって二人――しばらくそのまま笑い続ける。
 やがて笑いの中で、ルイーサがぽつりと言った。
「セリーナは、悩むよりスパッと心決めればいいんじゃない?」
「――決める」
「決めるというより、認める、かな」
「……認める?」
「自分の、気持ち」
「――」
「だってさ、今のセリーナ」
 顔を近づけるように覗き込んでくる。あまりの迫力に大きくのけぞる姿勢になり――更には続けられた言葉に、
「恋する、乙女の顔してるよ」
 あわや崩れ落ちそうになる。
「ちょ……」
 頭に一気に血が上ったようになる。頬がほてって、顔が真っ赤になっているであろうことがわかる。
 ルイーサは、にんまりと笑うと
「早く世間の認識通りになっちゃえばいいんだよ。そうすれば悩まないんじゃない?」
 そう言って、また思い切りよくセリーナの背中を叩いた。





 夜。水車小屋でセリーナは川釣り用の餌を買った。
 本当は今日は、昼から釣りをして過ごすつもりだった。来年には見習いを卒業して、ニゴを育てたり果樹園で果物をもいだりできるようにしておきたかった。だからそのために子持ちの魚を狙って下流で釣りをする予定だったのだが、朝マクシムと出かけた時にあったことのせいで、まるで予定が狂ってしまった。
 明日は昼からの結婚式参列以外には特に予定もないし、朝から釣りをしよう――そう思って餌を買ったのだが。
「――明日、か」
 ため息が漏れる。
 マクシムと別れた後は、ずっと彼の言葉に悩み、その後はルイーサとの会話に悩んでいた。
「自分の気持ちを認めて……世間の認識通りに……」
 そうすれば悩まなくて済む。
 ルイーサはそう言った。
 そして、それは正しいことだと、冷静な部分の自分もそう言っている。
 だいたい恋愛が巧くいっていない時は、悩まずスパッと決着をつけようとするであろう自分なのに、巧くいってる――多分、巧くいっているのだろう――時はこんな風に思い悩むなど、おかしい気がする。
 一人で悩んでも無駄――それは今の状況でも同じではないのか。
 では。
 一人で悩まずに、今の状況を解決するには。
「――会いに、行こう…………かなあ……」
 顔を見て、言葉を交わして、確認すればいいのではないか。
 自分の気持ちと、何より――彼の気持ちを。あの時はまだ知る時じゃないと逃げたものを、知るべきではないのか。
 多分もう彼の気持ちは分かっている。彼はもう――あなたに、触れたい――言葉にしてくれている。あんな言葉をあんな顔で、あんな瞳で、あんな声音で言っておいて、“そうじゃない”などということはないだろう……と、思う。
 そして、自分の気持ちは――思えば思うほど早くなる鼓動を抑えるように、胸元に手を当てる。
「――会いに……」
 ゆっくり市場通りを北へ大通り東の方へと上りながら、考える。
 今の時間ならば、おそらく彼は教会の自室にいて、まだ起きていることだろう。だから行けば会える。そして、予定のない明日の――
「――ダメだ……やっぱり今日はダメ……。こんな顔で会えない……」
 両手を頬に添える。普段より熱をもっているような気がする。つまりおそらく紅潮している。そんな顔を見られたくないし、今顔を合わせたらきっと、もっとひどいことになる。
 せめて、一夜おいて、落ち着いてから。明日になったら、少しは今よりマシになっているだろう。だから今は――そんなことを思いながら、何の気なしに高台へ続く道を見上げ――
「あ――」
 切れ長の瞳と目が合った。足が止まる。
 薄暗い夜の闇に溶け込むような衣と、そこに浮かんだ金の髪。今は会えないと思った人――シズニ神官マクシムが
「――こんばんは」
 嬉しそうな微笑みを浮かべて――今、そんな顔をしないで欲しい――近づいてきた。
「こ、こんばんは……」
 上ずりそうな声を必死に抑えたら、少しどもった。体温が上がったのがわかる。きっとまた頬が紅潮した。夜だし、そこまで距離は近くないので気づかれないといい――しかし、そんな願いは、すぐに裏切られる。
「? どうかしたのかな? 少し顔が赤い。熱でも――」
 心配そうな顔で、覗き込んでくる。そんなことをされたら、もっと顔が赤くなるだけ――セリーナは勢いよく首を横に振った。
「え、うん、なんでもない、ちょっと、走ってきたから、かな」
 咄嗟に思いついた言い訳は、言い訳としては我ながら上出来だと思った。せっかちでいつも走ってると評される自分が言えば説得力があるだろう。
 実際マクシムは、訝しげに少しだけ眉を顰めたが、納得したのか頷いてくれた。
「そうか。急いで帰るところだったかな」
「ううん。大丈夫。大丈夫だよ。それより――」
 一度大きく息を吸って呼吸を整える。不自然でない笑顔を作って首を傾げた。
「生徒代表も、こんな時間に高台の道から出てきたってことは、何か用事があるんだよね? ここで立ち話なんかしてたら遅くなっちゃうよ?」
 もうすぐ夜二刻になろうかという時間だ。市場に買い物に行くとしたら、教会まで往復すれば夜四刻に近くなってしまうだろう。
 しかしマクシムは
「いや、いいんだ」
 微笑みを浮かべて、首を横に振った。
「僕の目的はもう達したから」
 目線だけで問いかけると、微笑みが深くなり
「今、あなたに会いに行こうとしていた」
 マクシムはどこか甘い声で、そう言った。
「――!」
 不意打ちに息が止まる。身体も硬くなった。
 一瞬で脳裏に様々なこと――今朝方言われたことや、ルイーサとの話、今までに合った出来事――が駆け廻り、どんどん体温を上げていく。顔はもう真っ赤になっていることだろう。
 極めつけは、夜、自分に会いに来るという行為だ。それは、触れたいかどうかという話のそもそものきっかけと同じ。家にまでやってきて、家族がいるところでいきなり「好きか」と聞かれた。慌てて腕を引っ掴んで外に連れ出したのだが、神官としてのマクシムに触れられたのはあの時が最初で最後だ。
 具合が悪そうな人を助け起こしたり、支えたりすることは神職でもできるというから、あの時の事は神様も緊急避難として認めてくれたのかもしれない。
 なんとなく淋しそうだったマクシム。成人して即親元から離れ、教会の小部屋に独り――淋しくもなるだろう。その淋しさを埋めるためにセリーナの所に来た。それは構わない。自分の言葉で少しでもそれが和らぐというのなら。でも。
 こちらをまじまじと見つめてくる切れ長の瞳を、恨めし気に睨みつける。
「ま、また家まで押しかけてくるつもりで」
 時間と場所は選んで欲しい。
 マクシムは、二三度瞬きをした。そのまま少し何かを考えるようにして――何故か悪戯っぽく――小さく笑った。
「ここで会わなければ、結果的にはそうなったかもしれないな。そしてこの間と同じことを――」
 瞬間

 ――僕のこと、好き?

 あの時の言葉と、

 ――あなたに、触れたい。

 今朝方の言葉が同時に蘇る。
 心が揺さぶられて、息が苦しい。鼓動は早くなり、体温は上がる一方。せめてもの抗議を試みるが、
「も、もう……家まで来てそれはやめてって言ったのに」
 言葉に力は入らないし、気持ちも乗らない。
 そのせいかなんなのか、睨んだマクシムの顔は、物凄く嬉しそうだ。切れ長の瞳は本当に優しくて、見つめられるだけで恥ずかしくなってくる。
 見られたくないと思った自分以上のものを見られてしまった。そう自覚した途端――もう完敗――そんな言葉が思い浮かんだ。

 ――自分の気持ちを、認める……か。

 多分もうその時が来ている。世間的な認識からずれていた自分を、合わせる時が。
 その想いのままに、一つの言葉を口にしようとして

QUKRIA_SS_0260.jpeg

「明日の朝、どこかに行かないか?」
 先を越された。驚いて見返すと、ただひたすらに優しい笑顔が、目の前にある。
「――明日も?」
「ああ――あなたと出かけたい」
 短い言葉に色んな気持ちがこもっているのがわかって、心をそっと掴まれたような気がした。暖かいものが、ゆっくりと広がっていく。
 それは――嬉しい――喜びだ。
「うん……あたしもキミと出かけたいから、行くよ」
 今まで二人で出かけた時は、その場の流れで何となく誘うことになったり、誘われた時は断る理由がなかったからという結果だった。積極的に出かけたいと思ってそうなったわけではない。
 けれど今は――本当に誘われて嬉しくて、本当に一緒に出かけたくてセリーナは頷いた。
 そして、それが伝わったのか、
「そうか」
 マクシムは“まさに満面の”と言った笑みを浮かべた。それはもう神職が浮かべる笑みじゃない――それが痛いほどわかって、少し困る。生徒代表と呼んで彼が神官であることを否定しながら、それでも意識の別の場所では神官以外の何者でもないことを理解していた。立ち振る舞いも、普段佇んでいるときの雰囲気も、適度に保たれた距離も――何もかもが、神職特有のものだったから。
 しかし、今の彼は神官ではない、“ただのマクシムとして”セリーナと接しようとしている。
 そのことを実感した途端に、気づいた。
 彼は、自分との間にある距離を、今詰めようとしているのではないか――と。
「ねえ」
「なんだい?」
「もう、ゆっくりお話ししたいから、とかいう感じじゃないよね」
 一番最初にそう言って始まった関係。神職である人と友達としてゆっくり話すのには、二人で出かけるのが一番だから、そうしてきた。少なくともセリーナは、今まで――今朝出かけるまではそう思っていた。
 けれど、今は違う。セリーナは、本当にマクシムと出かけたいと思ってる。“マクシムだから”でかけたいと。その想いは自分だけのものなのか――それとも。
 見つめた切れ長の瞳が、優しく細まる。そして、
「――そうだね」
 きっぱりとした頷き。投げかけたものを、しっかりと受け止めてくれたのがわかる。
 大きく息を吐いて体の力を抜く。きっと大丈夫と思っていたけれど――安堵する。
「……良かった」
「?」
「キミもそう思ってくれていて」
 もし、今までのがただの自分の自惚れだったら怖かった。ただの思い込みだったら辛い。
 目の前のマクシムの晴れやかな笑顔は、そんな考えはまるで杞憂であると言ってくれているかのようだ。
「僕の方こそ――嬉しいよ」
「……そうなんだ」
「色々あなたに伝えたいことがある。でもその多くは言えない。けれど――嬉しいよ」
 真っ直ぐに、素直な気持ちのこもった言葉が届いて――ああ、彼は、ずっと……――セリーナは少し息苦しくなる。
 彼は、ずっと、自分を見てくれていた――今更にそれを実感する。
 マクシムは、神官として戒められながらも、ずっと己の気持ちに素直だった。今までの事を振り返れば、彼は最初から出来る範囲で素直に気持ちを投げかけてくれていたように思う。その結果が、好きかどうかの確認であり、触れたい、という言葉だったのだ。
 セリーナが敢えて気づかない振りをしていただけで、彼は――ずっと。
 明日になれば、きっと、もっとそれがよくわかるに違いない。
「うん――じゃあ、また明日」
「ああ。朝、ハールの庭園で」
 このまま別れるのが名残惜しい。もっと一緒に、傍にいたい。そして、その想いを抱いているのは、自分だけではない――交わる視線が、そう言っている。
「本当なら、送ってあげたいのだけれど」
「ふふふ、大丈夫。それに今から闘士の家まで行ったら、キミが夜明けまでに戻れなくなっちゃうかも」
「それは困るな……朝の約束に間に合わなくなってしまうかもしれない」
「そうだよ。だから気にしないで」
「もう遅いから気を付けて」
「うん、ありがと……」
 小さく手を振って、駆け出す。早く帰りたかった。早く帰って、さっさと寝床に入って、朝を迎えたかった。
 明日の外出はきっと、楽しくて幸せなものになる。
 背中に、未だ見送ってくれる視線を感じながらも振り返らずに――まだ少し恥ずかしいから――セリーナは家路を急いだ。



◇◆◇



この話の一番の始まりは
「恋愛巧くいってるんだ?」
の一連の流れであります。悩んでて、恋愛巧くいってるってなんなんだよっていうね。この流れがもう最初からあって、それこそこの話と対になっている「微笑みと動揺と」を書いた時から、既にあったのであります。なので、同じ時間軸でセリーナにも云々という話になったわけで。あの話アップしたのいつかと見たら、去年の11月末頃とか……w 半年も経ってるんだなあ。ビックリだ。
半年たっても、もやもやと頭の中にあって消えることもなく今まで来て、やっと形になったと……。
なんで今更こんなものを出してきたかというと、今までどちらかというとマクシム側からの話ばっかり書いてきて、たまにはセリーナ側からのマクシムに対する気持ちとかそういうものを書いてみたいなと思った結果。

普段のブログの中でそれなりに気持ちは書いてはいたものの、雑文では多分初めて。本当はもうちょっとマクシムが年上女子にもてることに対して嫉妬して云々みたいな話も書きたいなーと思ってはいたのだけれど、まずそこまで行く全然手前の話が出てきてしまった……。
後はこの話の先、学校の裏で自覚デートとかその後になんか起きたと脳内で設定されている、カルナの乙女エドナをからめた、軽い嫉妬の話とか、もやもやしてるけど……出てくるかは気分次第。

今回この話になったのも本編中でルイーサが……ということがあって、かもしれない。大好きなルイーサ。エドナと三人、本当に大切な親友。彼女を動かしたかったのかもしれない。口と一緒に(やや早く)手が出るルイーサ。そんな設定を書きたかったのかな。

というわけでまあ、まだまだ当分は大好きな9代目夫婦セリーナとマクシムの話はちょろちょろ出てくる予感。夫婦になってからのベタベタした話もまだ若干イレギュラーな舞踏会の話しか書いてないしな!
妄想力が続く限りは、なんか突然出てくるかも……みたいな感じであります。
また軽く読める感じの「生徒代表と私」タイプの話も書きたいんだけどなー。

category: 雑記 雑文

thread: ワールドネバーランドシリーズ - janre: ゲーム

tb: --   cm: 0

△top

コメント

 

△top

コメントの投稿

 

Secret

△top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。